同じ茶葉なのに、淹れる人によって味が変わる。日本茶の不思議であり、面白さでもあります。旅館で飲んだあの一杯が家で再現できないのは、茶葉の差ではなく、淹れ方の差であることがほとんどです。
とはいえ、身構える必要はありません。煎茶のおいしさを決める変数は、突き詰めれば二つだけ。お湯の温度と、待つ時間です。この記事では、「80度・1分」という基本形と、そこからの調整方法を解説します。
基本形は「80度・1分」
まず、一人分の基本レシピです。
- 茶葉:2〜3g(ティースプーン1杯)
- お湯:150ml、80度前後
- 抽出時間:1分
- 最後の一滴まで注ぎ切る
この基本形で、たいていの煎茶はおいしく入ります。急須でもマグカップ+茶こしでも、数字は同じです。まずはこの形を一度体験して、そこから自分の好みに合わせて動かしていくのが上達の近道です。
なぜ温度が大事なのか。成分は「出る温度」が違う
お茶の味をつくる主な成分は三つあります。甘み・うまみのもとであるテアニン(アミノ酸)、渋みのもとであるカテキン、苦みに関わるカフェイン。重要なのは、この三つが溶け出しやすい温度が違うことです。
テアニンは低温でもよく出ます。一方、カテキンとカフェインは高温で一気に出ます。つまり熱湯で淹れると、甘みも渋みも苦みも全部出て、渋みが勝った味になるということです。温度調整とは、味の設計図を書き換える行為なのです。
渋みが好きなら90度、甘みを最大限に引き出したいなら70度。正解は一つではなく、あなたの好みが正解です。出発点は80度、ここから上下に動かしてください。
温度計は不要「器を経由させる」だけ
80度と聞くと温度計が必要に思えますが、必要ありません。お湯は器を一つ経由するごとに、およそ5〜10度下がります。
沸騰したお湯(100度)を、まずマグカップや湯のみに注ぐ。これで約90度。それを茶葉の入った急須やカップに移す。これで約80度。つまり「一度、別の器に置いてから注ぐ」——この一手間だけで、適温は作れます。
副産物として、この方法には湯量を計る効果もあります。飲むカップでお湯を計れば、量はいつもぴったりです。
時間は1分。そして「注ぎ切る」
急須にお湯を注いだら、蓋をして(マグカップなら小皿をのせて)1分待ちます。この間、揺すらないのがポイントです。揺すると渋みが立ちます。茶葉が自然にひらいていくのを、ただ待ちます。
1分たったら最後の一滴まで注ぎ切ります。急須に湯を残すと、待っている間も抽出が進み、二煎目が渋くなってしまいます。最後の数滴はうまみが最も濃い部分でもあるので、惜しまず出し切ってください。
複数人分を淹れるときは「まわし注ぎ」を。それぞれのカップに少しずつ、行って戻ってを繰り返しながら注ぐと、全員の濃さが揃います。
二煎目は「待たない」
一煎目でひらいた茶葉は、成分が出やすい状態になっています。二煎目はお湯を注いだら、一煎目の半分程の時間で注ぎます。温度は一煎目より少し高めでも大丈夫です。一煎目の甘み中心の味から、二煎目はすっきりした飲み口へ。同じ茶葉の二つの表情を楽しめるのは、リーフで淹れる特権です。
渋くなってしまう三大原因
うまく入らないときは、たいていこの三つのどれかです。
①お湯が熱すぎる(沸かしたてを直接注いでいる)
②待ちすぎる(「濃くしたい」と2分3分置くと、濃さより渋さが増えます)
③注ぎ切っていない(急須に残った湯が抽出を続けている)
逆に言えば、この三つを避けるだけで、失敗はほぼなくなります。
よくある質問
Q. 高い茶葉ほど低温がいいと聞きました。
A. その通りです。うまみの多い上級煎茶や玉露は70度前後、普段づかいの煎茶は80〜90度が目安です。
Q. 硬水のミネラルウォーターで淹れてもいい?
A. 軟水の方が日本茶のポテンシャルが引き出せます。日本の水道水(浄水)で十分です。
Q. 茶葉の量を増やせば濃くなりますか?
A. なります。時間を延ばすより茶葉を増やすほうが、渋みを出さずに濃くできます。
淹れている1分間は、ぜひスマホを見ずに湯気を眺めてみてください。
味には関係ない、と言いたいところですが、実は関係があります。注意を向けて飲む一杯は、味の解像度が上がります。おいしさの最後のひとしずくは、淹れ方ではなく、飲み方の中にあります。お試しください。

